ネットロアをめぐる冒険

ネットにちらばる都市伝説=ネットロアを、できるかぎり解決していきます。

【確報】「無礼で傲慢」とノーベル賞選考関係者はディランを評したのか

【10/23 14:46追記】

Wästbergの今回の件に関するコメントが届きました。

www.dn.se

DN(ダーゲンス・ニュヘテル)というスウェーデンの大手新聞社の記事です。「憶測で違う表現が伝わっている」として*1、こうコメントしています。

 

Det var säkert fem dagar sedan jag fick frågan ”Om Dylan inte hör av sig på många många veckor, hur skulle du då betrakta hans beteende?”. Då sade jag att ”Då måste jag nog säga att det vore oartigt och arrogant”. Adjektiven jag nämnde är inget att bry sig om, Dylan står både över och under allt sådant,

正確には5日前のことだったけど(訳注:10月18日のこと)、私はこう聞かれたんだ。

「もしこのままディランが長い長い間何も反応しないとして、そういった彼の振る舞いについてどう思われますか?」

それで私はこう答えたんだ。

「そのとき、私は無礼で傲慢な振る舞いだというべきなんだろうね」

私はこのコメントで、特に(彼の振る舞いは)困っていないということを伝えたかったんだ。それ以上でもそれ以下でもないよ。

つまり、記者の「仮定」の質問に対して、彼は「もしそうなら」という形で答えたわけです。だから、既に本記事で書いたとおり、SVTのコメントで彼は「Man」という客観的な人称代名詞を使い、「vad ska man tänka?(何を思えばいいかってこと?)」という表現を注意深く使ったわけです。SVTではかろうじて残っていたその表現が、他のメディアに英訳された際に、カットされ、推測され、意味が変更され伝わってしまったということなんでしょう。ちょっと言い訳くさいけど、おお、私が書いた通りではないですか!

 

彼は続けてこう言います。

 

– Vi var medvetna om att han kan vara besvärlig och att han inte gillar framträdanden när han inte står ensam på scenen, så vi räknade kanske med att det skulle hända någonting. Men jag tror ingen av oss räknade med att han skulle hålla sig absolut tyst, säger Per Wästberg.

Per Wästberg vill inte spekulera kring vad som ligger bakom pristagarens tystnad.

「我々は、ディランが気難しく、一人でステージの上に立つことを好まないことを知っていたし、恐らく何かがおこるだろうということも計算していた。けれども、ここまで全くの沈黙を貫くということは予想できなかったよ」

Per Wästbergはディランの沈黙の背景について推測することはしたくないと言った。

ある程度、ディランがネガティブな反応をするだろうということを、アカデミーの面々が予想していたということは前回記述したとおりです。ここまでのノーリアクションは予想外なんでしょうけど。

 

というわけで、このDNのコメントが正しければ、私が書いた記事はおおよそ正しいということになるんでしょう。あとは翻訳の間違いがなければ、これで確報としたいと思います。なにか思い違いしていないかちょっとドキドキしますが。

 

 

【10/23 10:43追記】

スウェーデン・アカデミーから、今回のWästbergの発言に関する公式の発表が出ましたので追記します。

www.svenskaakademien.se

アカデミーは「受賞者の決断に対していかなる見解ももたない」として、Wästbergがディランの返事が遅れていることに対して「失望を表明(uttryckt sin besvikelse)」したことについて、あくまで「個人的意見(personliga mening)」と強調しており、公式の見解ではないことを言っています。スウェーデン国内でも、この「無礼で傲慢」という発言はやはり強く聞こえたようです。

 

うーん、でも言葉の選び方に難があったとはいえ、個人的にはやはりWästbergの発言にはディランに対するリスペクトがうかがえるような気がするんですけどねえ(皮肉っぽいですが)。Wästberg自身のコメントがアップされたら、また追記します。

 

あと、ガーディアンの記事の訳し間違いについて訂正しました。

 

 

【追記終わり】

 

 

 

 

ボブ・ディランがノーベル文学賞を受賞したことも話題になりましたが、未だに彼が受賞について何のコメントもしないことも話題になっていて、とうとうノーベル賞の選考関係者からこんな話が出てきました。

www.nikkei.com

スウェーデン・アカデミーのメンバーが、スウェーデンの公共放送で、「この事態は予測しなかった」と語り、彼を「無礼で傲慢だ」と批判したということです。

 

私がひっかかったのは、「スウェーデン公共放送」という部分で、要は英語圏以外での発言ということです。こういう発言は、往々にして伝言ゲームのように歪められることが多いので、さっそく調べてみると、「これは誇張されている(もしくは誤報)のでは?」と思う反面、「このスウェーデン語の翻訳は正しいのか」という思いもあるので、最後までお読みいただきご判断いただければと思います。

 

 

***

 

「予測しなかった」ことではない

さて、記事によれば、このコメントは、スウェーデン公共放送であるSVTの番組の中の、スウェーデン・アカデミーのPer Wästbergによる発言のようです。

www.svt.se

10月21日の記事です。タイトルには「Dylan-raderade Nobelinfo」とありますが、記事は、ディランの公式ページから「ノーベル賞受賞」の文言が消えたことを受けて、という内容のようです*2。なので、日経など日本のメディアで流れているような、ディランが「沈黙を続けていること」についてのコメントではありません。細かい部分ですが、以降大事になってくるところです。

Wästbergは、記者からそのことについて聞かれた際に、こう答えています。

 

Det var väl inte oväntat.Han verkar väldigt sturig och motvillig så jag blev inte förvånad, 

それは予期していなかったことではない。彼はどうも渋々という感じだったし、だから驚かないよ。

 

「oväntat」は「予想外」という意味になりますが*3、それに否定の「inte」がついているため、「予期しなかったことではない」となるはずです*4。あとの文章を読んでも、ディランが乗り気でない旨は既に認識していたということですから、「予想外」ということにはならないでしょう。Wästberg(あるいはノーベル賞選考に携わる人々)は、遅かれ早かれ、彼の受賞の記載が公式から消えることは予想していたことになります。

 

そうすると、現在メディアに流れている「この事態は予測しなかった」と「困惑気味に語」ったのは、誤りとなります。なおかつ、日本のメディアはこの「予測しなかった」ことの対象がそもそも間違いです。

 

この「予期しなかったことではない」という発言はただのやせ我慢ではなく、Wästberg自身は、数日前のインタビューで、こんなことも言っています。「このディランの沈黙はスウェーデン・アカデミーにとって厄介なのか?」という質問に対して、「いいや、君たちはちょっと驚いただろうけど」と答え、以下のように続けます。

 

Vi har varit beredda på alla slags beteenden från hans sida. Han har ju ett visst rykte om sig att vara besvärlig om man säger så.

私たちは彼の行動するであろうことについてすべて準備をしてきたんだ。もし君たちがそう言うなら、彼の評判というのは確かに厄介なものなんだろうけど*5

この言葉を信じるならば、アカデミーは、ディランの沈黙や頑なな態度について、ある程度予想していたということになります*6

 

「無礼で傲慢」とは言っているが…

「予期していた」ことであるならば、わざわざディランのことを「無礼で傲慢」と批判するのでしょうか。該当箇所を読む前に、その前段のインタビューを確認しましょう。

 

記事では、スウェーデン・アカデミーのディランに対する働きかけが弱くなったことについて、「ボールはディランが受け取っているからだ」という意味だと紹介し*7、こう続けます。

 

Vi avvaktar. Antingen kommer han, då är han välkommen. Eller så kommer han inte och då ordnar vi något annat istället under festligheterna. Han är pristagare vad han än säger, säger Wästberg.

私たちは待つだけだ。彼が受賞を受け入れようが断ろうが。断った時は、授賞式に代わる何かを調整することになるだろう。彼がなんと言おうと、受賞者であることには代わりないのだから。

 

 

そして記者は、「ディランが何も言わないことについてどう思いますか?」とWästbergに訊ねるわけです。そこで彼はこう答えます。

 

Nä, vad ska man tänka? Man kan ju säga att det är oartigt och arrogant. Han är den han är.

ええっと、何を思えばいいかってこと? 無礼で傲慢だと言えるだろうね。彼はそういう人間だから

 

「vad」は「what」*8にあたり、「ska」は「will」この場合は「should」に近いのかなと感じました*9。そして、次の文の人称代名詞に「Man」という「私」ではなく「You」にあたる言葉を使っていることから、Wästberg自身の意見を述べたというよりは、もっとメタ的に、「客観的にディランの行動について述べるなら~」ぐらいのニュアンスだと考えました。私が持ちうる限りの力で意味を考えた限り、「批判的」な意味は強くないと感じます。

 

また、そのあとの「Han är den han är」は、英語で言うなら「He is who he is」となり、「彼はそういうヤツなんだ(だから仕方ないよね)」というようなニュアンスが近いのではないでしょうか。

 

Wästbergのこの発言は、ディランを批判するというよりかは、今までの彼の反体制的な行動を念頭においたものでしょう。ノーベル賞という「体制」側に対して、「無礼で傲慢」な態度をとるのは彼らしい、というちょっと自嘲ぎみの言葉のように思えます。少なくとも、日本の記事が書くような「批判」や「いら立ちが噴出」というようには読めません。

 

世界中の誤報

もし、上記の私の検証(と翻訳)が正しければ、実は日本のメディアだけではなく、他の国のメディアもWästbergの発言を誤解して報じています。

 

たとえば、英語圏で広まるきっかけになったであろうthe Guardianの記事。

www.theguardian.com

the Guardianは、Wästbergの発言を「“It’s impolite and arrogant,”(無礼で傲慢だ)」の部分だけ取り上げていて、これを「criticised(批判した)」と捉えています。また、今回の事態を「“This is an unprecedented situation,”(予期しなかった出来事だ)」とWästbergが言ったと書いていますが、前述したように、Wästbergらアカデミーの人間は、準備を重ねて「予想できた」こととしています。この部分は、ディランが式に来るかどうか未だに不明なことについて「前例のないことだ」と言っているので、彼の行動を「予想していた」云々とはまた別の話になりますので訂正します。SVTの記事内では「Det är svårt att säga för det här är en absolut unik situation. 」と表現されています。

 

というか、スウェーデン国内のメディアを読んでも*10、この「無礼で傲慢」という言葉を大きく取り上げているので(そもそもSVTの記事タイトルもそうですし)、このような形で広まるのは致し方ないと思います。

 

恐らく、日本にいま出回っている記事は、SVTの記事を参照したのではなく、英語圏の記事を土台にして書かれたものと推察されます。

 

万一、私の検証が今回正しければ、ついに当ブログは日本のメディアだけでなく、海外大手紙の誤謬まで正したことになります…。ちょっと自信がなくなってきました。

 

今日のまとめ

①スウェーデン・アカデミーは、ディランの反応についてかなり予想を立てており、公式ページから「受賞」の文章を消したり、長く沈黙を保っていることについては、予測できていたといえる。

②「無礼で傲慢」とWästbergは確かに言っているが、批判というよりは、ディランの反体制の姿勢を念頭においての自嘲気味の発言のように思われる。

③この発言については、英語圏の記事も多く誤って伝えている。

 

今回の私の記事の弱いところは、スウェーデン語が果たしてどこまで正しく認識できたかというところです。かなり英語と似通っていましたし、Google翻訳と辞書で、持ちうる限りの力を全て使って調べたので、いくつか誤りはあるでしょうが、大意は間違ってないと思うんですが…。ガーディアンまで間違っているのか?というところが、ちょっと引っかかります*11。特に②についてはニュアンスを推し量ったので、Wästberg自身の弁明を聞きたいところです。

 

なので、私は気が弱いので、今回の内容は【検証中】ぐらいの扱いにしていただければと思います。ぜひ、スウェーデン語と英語に堪能な方、記事を読んでいただき、誤りがあればどんどん指摘してください。「やっぱりノーベル委員は、ディランに怒ってるんだよ」ということになったのであれば、記事は謹んで取り下げさせて頂きたいかと思います。

 

 

*1:Man kan spekulera hit och dit om olika saker, men det gör vi inte, säger Per Wästberg, som även är Nobelkommitténs ordförande.がそれにあたるかと

*2:Kulturnyheterna har talat med Svenska akademien-ledamoten Per Wästberg som säger att de har noterat att texten om Nobelpriset har raderats från sidan.の部分かと思われます。「STVカルチャーニュースが、スウェーデン・アカデミーのWästbergに、ノーベル賞受賞の文章が消えたことを確認したことについて聞いたところ」みたいな

*3:oväntat - English translation - bab.la Swedish-English dictionary

*4:スウェーデン語をマスターしたい |nr. 14 否定形

*5:Fortfarande tyst från Bob Dylan | SVT Nyheter

10月17日更新の記事。2文目についてはちょっと自信がない。besvärlig」は英語で言う「troublesome」に近いようなので、こんな風に訳してみました。いずれにせよ、アカデミーとしては特に驚いていないことが伝わればよいと思います。

*6:この記事では、Wästbergはディランに好意的で、「1950年からいままで、アメリカの詩だけでなく、彼のような詩にたどり着いた人間はいない」と誉めそやしています

*7:Wästberg menar att bollen ligger nu helt och hållet hos Dylan.

*8:疑問詞: スウェーデン語の単語ノート

*9:https://www.italki.com/question/137576?hl=ja

*10:

Wästberg: Oartigt och arrogant - HD

Nobeltext om Dylan borttagen | Norra Skåne

*11:もしくは、SVTの別ソースがあるという可能性はあります。今回はテレビ番組自体を見たわけではなく、それと思われる記事を読んだだけなので…