ネットロアをめぐる冒険

ネットにちらばる都市伝説=ネットロアを、できるかぎり解決していきます。

レタスの花言葉は「牛乳」なのか、時間の流れに耐えてきて

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 ちょっと前のツイートですが、花言葉について、こんなものが話題になっていました。

ピーマンとレタスの場違いな感じが目をひきます。というか、なんかちょっと違うんじゃないの?という気がしたので、調べてみました。

 

 

***

 

「花言葉」の由来について

 

そもそも、花言葉はいつどこで生まれたのでしょうか。ちゃんとした研究というのは少ないのですが、話を総合すると以下のような感じ。

 

まず、花やら石やら草やら、そういったものに意味がついている、というのは、トルコとか中東の方の風習としてあったようです。1717年に、イギリスのモンターギュ夫人という人が、その意味のことをコンスタンチノープルから故国の友人宛に送っています。

 

ここ(コンスタンチノープル)では、隠された詩句を持たないものは、何一つ、ありません。色も、花も、草も、果実も、植物も、小石も、羽も、すべて意味を与えられていたのです。その風習を、ぜひとも学ぶことですわ。*1

 

この書簡集をモンターギュ夫人は1763年になって出版したそうで、イギリスではこのころに、「花に意味を持たせる」という風習が紹介されたことになります。

 

その「花言葉」が流行したきっかけは、フランスのシャルトロット・ドゥ・ラトゥール夫人の『Le Langage des Fleurs』で、1818年にパリで出版されたそうです。そこに書き連ねられた花言葉の意味が、何を元にしたかは定かではないようですが、アメリカとスペインで海賊版が出版されるほど、人気を博したようです*2

 

日本へは、その後John Ingramが著した『The language of flowers』(1887)の訳本が広まったようで、Ingramの著書も、ラトゥール夫人のものを底本にしているようですので、流れとしては、中東の風習がイギリスで紹介され、フランスのラトゥール夫人の本が人気になり、それが世界に広まっていったということになるでしょうか。今の「花言葉」は、このラトゥール夫人の本が元になっていると考えていいでしょう。

 

レタスの花言葉は牛乳ではない

ということは、そのラトゥール夫人の『Le Langage des Fleurs』を読んで、レタスのことが書いてあるかどうかを見てみればいいわけです。とっくに著作権など切れているので、ネット上に転がっています。

 

Le langage des fleurs

 

そこには、

 

Laitue   Refroidissement

 

つまり、

 

レタス   冷たい*3

 

という花言葉になっています。

 

John Ingramの『The language of flowers』も同様で、

 

Cold-heartedness  Lettuce*4

 

つまり、「冷淡」というような意味になっています。どこにも「牛乳」はありません。少なくとも、「花言葉」がヨーロッパで広まっていた時期に、そのような意味はなかったことになります。

 

では、「牛乳」は、後世の人が勝手に付け加えたものなのでしょうか。

 

実は、この「牛乳」という「花言葉」に関しては、英語圏や仏語圏で発見することができませんでした。基本的に、「冷淡」「幻滅」といったような意味としての捉え方しかありません*5。フランス語は特に自信がないので、もし見つけた人がいたら教えて欲しいのですが、探した限りは見当たりませんでした。

 

ツイート主さんは、「レタスのイギリスでの花言葉は「つめたい愛情」。なのに、フランスでの花言葉は「牛乳」「栄養」とは。。」という文言のあるブログ*6を併せてツイートしていますが、そもそも仏語圏だろうが英語圏だろうが、「牛乳」を花言葉にしているものを発見できませんでした。

 

既に指摘されていますが、レタスは切り口から乳状の白い液体が出てくることで知られています。これは昔から鎮静作用があると知られており、学名のLactucaのLacはラテン語で「乳」を表すんだとか*7

 

つまり、「レタス」と「牛乳」は、その名前の由来としての関係はありそうですが、それを「花言葉」として捉えているのは日本だけとなります*8

 

レタスの花言葉を牛乳にしたのは誰か

ということは、「レタスの花言葉は牛乳である」と喧伝した存在があるはずです。

 

花言葉に関して記述のある本を、とりあえず読めるだけ読みましたが*9  、どうも紙ベースではそもそも「レタス」が掲載されていなかったり、あったとしても、「冷淡、節制」*10「なんて冷淡な」*11「つめたい気持ちですね」*12「冷淡な心」*13「冷淡」*14「冷酷」*15と、いわゆる「冷たい」関係の花言葉だけしか掲載されていません。

 

全ての書物を読んでいないので、あとは悪魔の証明になりますが、しかし、どうも「レタス」と「牛乳」が花言葉に関連付けられたのは、最近のインターネット上なのではないかな、という推測が立てられます。

 

というわけで、日付検索で最古のものを探してみると、「花言葉 in てぃんくの家」というサイトが出てきます。日付ははっきりしませんが、Googleの検索結果を信じるならば、2005年12月13日。そこには、

 

花言葉は、冷淡な心、冷たい愛情(英)、牛乳・栄養(仏)

 

という記述があります。突然出てくる「牛乳・栄養」ですが、いったい何を根拠にしたのか、すごい気になります。「(仏)」とわざわざ注釈しているところを見ると、どうも何かを参考にしたようなのですが、それがちょっとわかりませんでした。

 

このちょっと場違いな「花言葉」を、いろんなサイトが面白おかしい花言葉として紹介して広がっていった、というところなんでしょうか*16。もちろん、「牛乳」抜きの花言葉として紹介しているサイトもあり(レタスの花言葉〜レタスの花言葉と名前の由来)、広まったのはつい最近という感じです。それこそ、今回のツイートを受けて、ネタに困ったメディアサイトが記事にしたような感じです。

 

ピーマンの花言葉も存在しない

これは余談になりますが、「ピーマン=海の恵み」という花言葉も紹介されていますね。ちなみに、「海の恵み」のほかに「同情、哀れみ」なんてものも、日本のピーマンの花言葉としては紹介されています*17

 

しかし、先ほどのレタスの際に読んだ全ての本に、「ピーマン」の項目がそもそもありませんでした。また、「Bell pepper」「Poivron」と、英語と仏語で花言葉を調べたのですが、やっぱり花言葉を載せているサイトを見つけることができませんでした。トウガラシのpepperとの混同もあるかもと思って、そちらも探したんですが発見できず。

 

うーん、なんだろうと考えていたら、おもしろいサイトを見つけました。

 

花言葉

 

このサイトでは、なぜかピーマンを「オールスパイス(ピーマン)」として紹介しているのです。

 

オールスパイスは、確かにピーマンと同じくコロンブスが持ち帰ったものです。しかし、全然違うのに、なんで「オールスパイス(ピーマン)」という表記になるのか全くわからないのですが、これはちょっと光明が見えてきました。

 

試しにallspiceで花言葉を検索すると、おお、引っかかりますな。『The language of flowers』の中にもあります。

 

Allspice
Compassion(哀れみ)

Language of Flowers - Flower Meanings, Flower Sentiments

The language of flowers; or flora symbolica. Including floral poetry, original and selected. With original illustrations, printed in colours by Terry

 

フランス語の「Piment de la Jamaïque」で検索をかけても引っかかります。

 

Piment de la Jamaïque=Compassion

Le langage des fleurs

 

「同情、哀れみ」の花言葉をオールスパイスは持っており、それが、現在流布しているピーマンの花言葉と重なります。つまり、日本ではなぜか、「オールスパイス」と「ピーマン」が混同されて紹介されているという現状があるわけです。なんでだろう。

 

結局、「オールスパイス」にしても、英語圏や仏語圏で、「海の恵み」に類するような花言葉は見つけられなかったのですが、コロンブスが長い航海を経て持って帰ってきたもの、大航海時代の賜物、という意味で捉えるのであれば、まあ、「海の恵み」という表現は間違ってないかなという気もします。たぶんどこかに出典がありそうなので、見つけたいところです。

 

今日のまとめ

①現在の「花言葉」は、19世紀に流行したフランスの夫人の著書が底本になっている。

②レタスの花言葉は「冷淡」「幻滅」などであって、「牛乳」を花言葉としているのは日本しかない。

③②の理由は、レタスの語源に「lac=乳」があり、その語源と花言葉が混同されて日本に紹介されているのではないかと推察できる。

④あわせて、ピーマンはオールスパイスと混同されて紹介されているようである。「海の恵み」は、大航海時代の結果と捉えるならば、わからないでもない。

 

今回の記事でも引用した、ケイト・グリーナウェイの『花言葉(Language of Flowers)』の初版は1884年です。その当時よりももっと前、花言葉の辞書はいくつも書かれたのですが、「完全に意味が一致する2冊の辞典は」まったくなく、ひどいものは「1冊の辞典の中で、ひとつの花が三つの、まったく異なった意味」になっていたんだとか*18。つまり、花言葉はその成立過程において、既にオリジナルを喪失しつつあったのです。

 

「花言葉なんてテキトーなんだから意味がない」という話もよく聞きますが、調べた感じだと、現代に残っている「花言葉」は、ラトゥール夫人のそれと、それほど大きく変更されてはいないように見受けられます。確かに作った当初はテキトーな部分も多かったでしょうが、今日まで残った言葉というのは、時間の流れに耐えてきただけの価値はあるんでしょう。そして、その残った言葉というのは、「花言葉」という言葉ができる前から、色々な人がその花から感じ取っていた言葉なのかもしれません。

 

 

*1:『花言葉』ケイト・グリーナウェイ(白泉社)P14

*2:同上P13

*3:『Le Langage des Fleurs』P312

*4:『The language of flowers』P355

The language of flowers; or flora symbolica. Including floral poetry, original and selected. With original illustrations, printed in colours by Terry

*5:例えば仏語圏であれば

Je suis désenchanté.(幻滅)

Langage des fleurs ... langage de l'amour?

Language des fleurs et la definition de chaque fleur

sans pitié(冷酷)

Le langage des fleurs

 

英語圏であれば、

cold hearted(冷淡)

The Forgotten Language of Flowers

Coldheartedness(冷酷)

Language of Flowers - Flower Meanings, Flower Sentiments

など

*6:Agendum Khalifa Kenji: 花言葉は「牛乳」

*7:『花を愉しむ事典』J.アディソン(八坂書房)2002 P411より

*8:これは個人的な解釈なので注釈に載せますが、そもそもラトゥール夫人は「Laitue」と書いたときに、あの葉物のレタスを想像したんでしょうか。「Laitue」はもちろんレタスも表しますが、アキノノゲシ属全般も指すようです(Laitue — Wikipédiaの言語を日本語に変えると、アキノノゲシ属 - Wikipediaになる)。

フランス語に詳しくないので間違ってたらあれなんですが、「レタス」を正確に書くならば「Laitue cultivée 」になるんじゃないんでしょうか。フランス語での流行が先であれば、それが英語に翻訳された際に、単純に葉物の「レタス」で翻訳されて広まってしまった、とか。でも、「Laitue」で画像検索するとあの葉物のレタスしか出てこないので、ちょっと論拠としては弱いかなあ

*9:以下の本を読みました。既に紹介してあるものは題名だけにします。

『片桐義子の花言葉』片桐義子(信濃毎日新聞社)2009

『花を愉しむ事典』

『花物語 「花言葉」と「花の伝説」』蟹江敏(文芸社)1998

『花屋さんの花図鑑』(草土出版)1993

『花カレンダー花ことば 花の図書館』(八坂書房)1992

『366日誕生花の本』滝井康勝(日本ヴォーグ社)1990

『花ことば 小さな花に想いをたくして』(池田書店)1990

『花言葉』ケイト・グリーナウェイ

『花の言葉と傳説』瀬川正之(千城)1974

『花言葉集』式部素子(虹有社)1951

花言葉辞彙』蛯原邦夫(群像社)1925

花言葉』John Ingram 平尾雪花 訳(清友園)1908

*10:『花を愉しむ事典』P411

*11:『花言葉』P40

*12:『花物語』P181

*13:『花の言葉と伝説』P94

ちなみにこの著者は、「冷淡」の由来について、「胃の焼けたのを冷やす効果があると考えられていた」ため、それに関係があるのではと推察しています

*14:『花カレンダー 花ことば』P226

*15:『花言葉辞彙』P33

*16:レタスは「牛乳」ピーマンはまさかの「○○」!? “花言葉の意味がわからない植物”6選|ウーマンエキサイト(1/3)

花だけじゃないよ!野菜にも花言葉が! | ベジカルチ

とかでしょうか。

*17:同情・ピーマン・・・海の恵み?(花言葉) - 漆原常石のブログ - Yahoo!ブログ

野菜の花にも素敵な花言葉がありました!!|かすみ草の田舎暮らし(外房inいすみ)

*18:『花言葉』P17