ネットロアをめぐる冒険

ネットにちらばる都市伝説=ネットロアを、できるかぎり解決していきます。

現金を盗んだ大阪の警察官は逮捕されるべきか、正義と法律のはざまの嫉妬

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警察官の悪いニュースはなくならないものですが、こんな大阪の警察官の記事がありました。

blog.livedoor.jp

大阪府警の巡査部長が、パチンコ店で落ちてた客の財布を盗み、現金を抜き取り、財布を水路に捨てたという事件。被害男性が気付いて調べたところ、防犯カメラに巡査部長に似た男性が映ってたということで、すぐに犯人がわかったわけです。

 

ところが、問題は、大阪府警は「店員が110番し、駆け付けた寝屋川署員に盗みを認め、男性客に現金を全額返して謝罪したため逮捕はしなかった」という文です。

 

逮捕しなかった理由について、ネット上では「金返せば罪に問われない特権でも持ってんのか」「俺が知らない間に刑法変わってたwwwwww」と、身内に甘いのではないかという論調が目立ちました。

 

うーん、確かに身内に甘いような気もしますが、この話、そこまで責められることなのでしょうか。法律には詳しくないのですが、がんばって調べてみました。

 

***

 

 

各新聞の論調が違う

恐らくこの記事は、警察の会見を元に構成されたものでしょう。公務員はこういう不祥事が出るたびに、記者会見を開かねばなりません。なので、色々なメディアが一斉に報じています*1

 

内容としては、各報道機関似たり寄ったりなのですが、実は「逮捕しなかった」云々の記事があるのは3紙だけです。

 

サンケイスポーツ

web.archive.org

産経新聞

www.sankei.com

 

朝日新聞

web.archive.org

 

サンケイスポーツと産経新聞は記事は全く一緒なので(同族なので当たり前ですが)、実質2紙といってもいいのですが、実はタイトルがちょっと違います。3紙を比べてみましょう。

 

サンケイスポーツ

「巡査部長が財布盗む…大阪府警、処分の方針も逮捕はせず

 午後8時ごろ、店員が110番し、駆け付けた寝屋川署員に盗みを認め、男性客に現金を全額返して謝罪したため逮捕はしなかった

産経新聞

 「50代巡査部長が財布盗んだ疑い 大阪府警、処分検討…パチンコ店で客から」

 午後8時ごろ、店員が110番し、駆け付けた寝屋川署員に盗みを認め、男性客に現金を全額返して謝罪したため逮捕はしなかった

朝日新聞

「巡査部長、パチンコ店で財布置き引き疑い 大阪府警」

 府警は、巡査部長が男性客に現金を返して謝罪したことなどから逮捕せず、任意で調べを続けており、「調査の上、厳正に処分したい」としている。

サンケイスポーツは、産経新聞と同じ記事にも関わらず、タイトルで「逮捕しなかった」ことを強調していることがわかります。朝日は、逮捕しなかったことにはふれましたが、「任意で調べ」が続いていることを付記しています。

 

そして、他のメディアは「逮捕しなかった」ことについては全く触れていません。「逮捕しなかった」ことについて、どれだけ意味があるのでしょう。

 

「逮捕しない」ことと「無罪」は違う

犯罪を犯した人は、逮捕されなければ罪に問われないのでしょうか。

 

「逮捕」とは何かと言うと、「罪を犯したと疑われる人(被疑者)の身柄を拘束する強制処分」です。「逮捕」は警察と検察が行う2つの場合がありますが、警察官が逮捕した場合は原則として「逮捕から48時間以内に,被疑者を釈放するか事件を被疑者の身柄付きで検察官に送る(送検)かを判断しなければ」ならないそうです*2。「逮捕」は要するに、被疑者を「拘束」しなければならないときに発動するものです。

 

逆に言えば、軽微な事案で、逃亡の恐れがなかったり、証拠隠滅しそうになかったり、監督できる人間がいる場合には、わざわざ「逮捕」する必要がないわけです。

 

まさに、今回の巡査部長の件は、上記が当てはまるケースです。「現金を全額返して謝罪した」ということは、「証拠隠滅」の可能性がなくなったということであり、「任意」で聴取できているということは、「逃亡の恐れ」がないということであり、そして仕事柄、彼を監督できる立場の人間はいるということなんでしょう(家族もありえますが)。また、恐らくですが、被害者側が全額を返してもらったということで、処罰感情が薄い、ということもあったのではないかと思います*3

また、逮捕すると、警察での拘留は48時間が限界となり、それ以降は検察へ送致しなければなりません*4。公務員としての懲戒処分を考える場合に、この時間制限は厄介です。ならば、「逮捕」をしないで、任意の形の取調べが行えるのであれば、そちらのほうが期限も設けられず、やりやすいわけです。

 

書類送検はされる

なので、現在、巡査部長は「任意」で取調べを受けているということになります。これはいわゆる「在宅事件」という形式になり*5、当たり前ですが罪は罪なので、送検(送致)はされることになります。

たとえば、同じように警察官が起こした事件として、「逮捕されずに書類送検された例」があります。

 

www.sankei.com

www.sankei.com

 

これらも巡査部長のしでかしで、おいおい世間一般の巡査部長は大丈夫なのかと思うのですが、ひき逃げの方は「書類送検し、停職1カ月の懲戒処分にした」とあり、窃盗の方は「書類送検し、停職3カ月の懲戒処分にした」とあります。送検の結果、不起訴処分になったのか、罰金刑になったのか、禁固処分*6になったのかはよくわかりませんが、要するにこういうことができるわけですね。大阪の巡査部長も、このような形での在宅事件の流れになるものと思われます。

 

窃盗の逮捕率は低い

そもそも、窃盗の逮捕率は低いのが現状です。

www.keijibengo-syonenjiken.com*7

 

上記サイトによれば、窃盗で警察・検察に逮捕されたのは28.2%とかなり低く、71.8%は在宅事件になるわけです。なおかつ、不起訴はそのうち60%と、起訴しない可能性もおおいにあります。つまり、窃盗事件で「逮捕しない」ことは、特段珍しい案件でもないわけです。そのため、多くのメディアは「逮捕しなかった」ことについて特段言及をしていないわけです。逆にこのケースで逮捕・拘留するとしたら、それこそが法や前例を逸脱した特殊なケースとなってしまいます。

 

にもかかわらず、特に、タイトルにまで「逮捕はせず」と加えているサンスポの書き方は、少々警察に対して手厳しいように見えます。というか、「警察は身内に甘い」と思わせるための、ミスリーディングの手法とも考えられ、偏向的な報道という謗りを受けても仕方がないかな、と思います。

 

今日のまとめ

①「逮捕しなかった」ことについて言及しているのはサンスポ・産経・朝日の3紙のみである。

②「逮捕しない」=「無罪」ではなく、「在宅事件」として取り扱われるだけであり、件の巡査部長は今後書類送検され、司法で判断されるとともに、懲戒処分が下される流れになる。

③窃盗の逮捕率は3割未満と低く、今回の巡査部長の「逮捕しなかった」ケースは、窃盗事件としては一般的な対処方法であると思われる。

 

個人的に、この記事のいけないところは、「現金を返したから逮捕しなかった」という風にしか読めないところが、色々な方のザワツキを起こす原因になっているのだと思います。もちろん、この巡査部長のしたことは立派な犯罪であり、公僕として世間一般の非難を浴びるのは仕方がないことでしょう。しかしながら、紙面の都合で仕方ないとはいえ、もうちょい書き方はなかったんですかね。意図的とも読めるんですが。

 

ネット上の「正義の民」は、時に法律を蔑ろにすることも厭いません。それがさまざまな私刑になり、大企業・公的組織へのバッシングになり、炎上をさせていくことになります。別に私も法律が全てとも思いませんが、その「義憤」にかられる前に落ち着いて、その憤りは「嫉妬」ではないのか、ぜひ考えてもらいたいものです。

 

*1:以下、見つけたものを列挙します。時間が経つとリンクが消えるかもしれません。

巡査部長が財布盗む…大阪府警、処分の方針も逮捕はせず - 芸能社会 - SANSPO.COM(サンスポ)

大阪府警巡査部長 パチンコ店で財布持ち去る|MBS 関西のニュース

大阪府警八尾署の50代巡査部長 パチンコ店で現金抜き取り処分へ - ライブドアニュース

50代巡査部長が疑い 寝屋川、府警捜査 /大阪(毎日新聞)

パチンコ店で警官窃盗容疑…寝屋川 : ニュース : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)

巡査部長、パチンコ店で財布置き引き疑い 大阪府警:朝日新聞デジタル

*2:以上、裁判所|逮捕とは何ですか。より抜粋

*3:じゃあ水路に捨てたという財布はどうなった、という気もするのですが、無事に拾われてそれで良しとするほど安い財布だったのか、少しイロがついたのか、ちょっとなんともわからんところではあります。これは記事の書き方か、会見の回答が悪かった気がする

*4:刑事事件の流れ|重要な48時間・72時間・23日以内の対応|厳選 刑事事件弁護士ナビ

*5:家にいながら起訴される在宅起訴と状況による事件の解決方法|厳選 刑事事件弁護士ナビ

*6:ただし公務員は禁固以上の量刑では失職してしまいますね

*7:元の検察統計(統計表一覧 政府統計の総合窓口 GL08020103)を自分でまとめようとしたのですが、どうにも面倒くさかったので、紹介しているサイトを使わせていただきます。