ネットロアをめぐる冒険

ネットにちらばる都市伝説=ネットロアを、できるかぎり解決していきます。

閏年に女性から告白されると断れない法律は存在しない、我らの時代のフォークロア

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さて、2016年は閏年でございました。その閏年の日が終わった後にこんな記事も何なのですが、Twitterではこんな話で盛り上がっていました。

togetter.com

閏年の日に女性からプロポーズされたら、男性はそれを断れないというイギリスの習慣があったんだとか。ほえー、恐ろしいですな。twitter上では、告白を待つ哀しい男性が大勢いたんだとか。

そこにはこんな由来があるそうです。

suzie-news.jp

なんと1288年のスコットランドにおいて、統治していた女王が、そういう法律を作ったことに遡れるんだとか。これは、「男性優位社会で、そのためプロポーズも男性からしか認められていなかったため」、女性のために作られたものであり、もし男性がそれを拒んだら罰金になったんだとか。

 

ほえーと思って調べてみたら、けっこうあっさり、そんな法律は存在しないことがわかったので、どうしてそんなウワサが広まっていったのかもあわせて考えていきたいと思います。

 

***

1.どんな「閏年の法律」の話なのか。 

 

さて、閏年は英語で「Leap year」*1。調べてみると、結構、上記の「スコットランドの女王が法律を作った」という話を英語圏の人もなかなか得意げに語っています*2

www.historychannel.com.au

www.tastemade.com

 

さて、詳しい情報を書けば、「1288年」に、スコットランドの「Queen Margaret」が、法律を制定したのが、この「女性が男性にプロポーズ」の由来なんだとか。ちなみに法律の罰金は「100£」なんて話もあります。

 

2.そんな法律は存在しない

 

しかし、この説はあっさり否定されます。

スコットランドの国立公文書館が、2000年にこの件に関して調査をしたそうです。

www.nas.gov.uk

まとめると以下の通り。

 

①そのような法律の存在を確認することは出来なかった

②Margaret(1283-1290)は女王になったことはない。彼女は1290年にノルウェーからの旅の途中で亡くなった。スコットランドに足を踏み入れたこともない。

③もし彼女が1288年に法律を制定したならば5歳でつくったことになり、大いに疑わしい。

④他の「Queen Margaret」も存在するが、1288年という年には合わないし、女性のための法律を作ったという記録は何一つない。

⑤ちなみに「£」が使用されだすのは13世紀からであるので、このような罰金もありえない。

 

いやー、スコットランドの国立公文書館の調査なので、もはや疑問を挟む余地がありません。

 

3.スコットランドの女王の話はどこから出てきたか。 

 

では、このスコットランドの女王の話、いったいどこから出てきたのか。

 

「1288年にスコットランドで制定された」という話は結構昔からあるのですが、この「Margaret」の情報は、比較的新しいようにも思います。2008年のころには、「1288年にスコットランドで作られた」という話はありますが*3、この年に「Margaret」の話をネット上では発見できませんでした。

しかし、2012年になると、途端にこの「Margaret」の話が取り上げられ始めます*4。恐らく、この2008年~2012年の間に、ネット上において尾ひれがついていった話なんではないでしょうか。閏年ごとに情報が膨らんでいく過程がなかなかおもしろいですね。*5 

女王を抜きにしても、この「1288年にスコットランドで法律ができた」という話は、かなり古くてですね、調べてみると、1926年のブリタニカにはその記述があることがわかります。

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"Encyclopedia Brittanica,13th Ed"*6に掲載されていて、確かに「It was encated in Scotland in 1288」という記述があります。原文にあたれたわけではないですが、先ほどのスコットランド国立公文書館によると*7、ブリタニカには「1911~1969」の版までこの「Leap year」の話が載っていたんだとか。今から100年も前の話ですね!そりゃあ、ネットから「1288」の出所は探し当てられません。

 

 

4.「女性が告白できる日」の由来は何か

 

さて、結局「女性が告白できる日の法律」は存在しないことが分かりましたが、しかし現に、イギリスやスコットランドでは、閏年の日は「女性が男性に告白する日」という認識があるわけです。では、その由来はなんになるのか。

 

結論から言えば、結論は出ません。ただし、いくつかのサジェスチョンは存在します。

 

この「Leap year」の由来を、ジェンダーの観点から書いた論文にKatherine Parkinの「‘Glittering Mockery’’:Twentieth-Century Leap Year Marriage Proposals」*8というのがあります。それによれば、以下の可能性があるとのこと。

 

○1780年代の新聞やポストカードに「Leap-Year Party」という、女性が男性を誘えるダンスパーティーがあったことが示唆されている。

○1900年代初期に、特にアメリカで、「Leap Year」に関して、「女性が男性に告白する」という趣旨のポストカードや広告などが数多く作られた。

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1900年代には「Leap Year」に関して盛んに取り上げられていたらしく、『The Wit and Humor of America, Volume X』という中にも、「THE GENIAL IDIOT DISCUSSES LEAP YEAR」という小話が載っています*9。ここでは、女性が「Leap Year」のときにもつ「特権」について話されています*10。この時期にはある程度常識として広まっていたわけですね。

 

このように、はじめはダンスパーティーの決め事のような話だったものが、アメリカなどでうたれる「Leap Year」に関するカードやら広告やらのおかげで広まっていったものじゃないかというのが、Parkinの説です。つまり、この「女性からプロポーズできる」という風習は、20世紀初期からのものだ、というわけです。

 

 

・今日のまとめ

 

○「2月29日に女性から告白されたら断れない、断ったら罰金」という法律は存在しない

○スコットランドの女王自体は存在するが、年齢その他の関係から矛盾が生じ、彼女が制定したわけでもない。

○スコットランドの女王の話は、ネット上では2008年以降に散見される。

○「女性から告白できる日」という風習は、20世紀初期から広まったものではないか。少なくともイギリスに古来からある風習、というわけではなさそう。

 

 

ネットロアは造語で、元々はこういう話はフォークロアです。フォークロアの強いところは、こうやって一つ一つ、矛盾点を書いていっても、現実は揺るがないことです。たとえこの記事が全て真実であっても、「うるう年は女性から告白できる日である」というみんなが昔から信じていることは変わりません。そうしたらこれはもう、ウソとは呼べないのではないでしょうか。ネットの情報だけではない、こうやって何となくみんなの意識に継がれているもの、我らの時代のフォークロアには、どれほど忘れ去られ、そして残っていくんでしょうか。

 

 

 

*1:なぜLeap(跳ぶ)なのかという話は、以下の説が面白かったです。

なぜ「うるう年」は leap year なの? - 英語豆知識ノート

*2:ちなみにもう一つの説があり、キルデアのブリギットなる5世紀ごろの修道女が、聖パトリックに、女性からの結婚の申し込みを許してもらうよう懇願してもらったということからの由来。しかし、ブリギットは451年ごろの生まれ。対して聖パトリックは461年に亡くなっています。齢10歳の女の子がこういうお願いをするとは考えにくい、というのが一般的な見方です。

日本でもこの話が伝わったようですが、いささか混乱が見られ、「聖パトリックが法律を作った」とか、「ブリギットがパトリックに求婚した日」みたいな表現に変わっていることも見受けられます。ネットってウソだらけです。

*3:”In 1288, Scotland established leap day as the only day of the year when women could propose marriage to men.  ”2008年2月29日の記事。

Totally Useless Leap Year Facts – Tim's Ramblings

*4:Top 20 craziest facts about leap years - Telegraph

Leap year: 10 things about 29 February - BBC News

基本的には真偽に否定的な意見でよく取り上げられてます。

*5:前述のスコットランド国立公文書館によれば、 1993年のBrewerの'The Dictionary of Phrase and Fable', Wordsworth Editionsという本に既にMargaretの記述があるようなので、元ネタはもっと前からになります。ただ、広まり始めたのは結構最近なのかなあという感じです。

*6:アマゾンで申し訳ないですが、これは13版は1923年のものとのこと。

Encyclopaedia Britannica 13th Edition Cambridge Issue 1926 (Encyclopedia Britannica Thirteenth, 32 Volumes): Inc. Encyclopedia Britannica: Amazon.com: Books

*7:A similar text appeared in the 'Encyclopedia Brittanica' entry for 'Leap Year' from 1911 until it was dropped from the 1969 edition.

Leap year proposal - The National Archives of Scotland

*8:“Glittering Mockery”

*9:いまいち発行年月日がわからないのですが、著者は1859-1915だそうなので、まああっているでしょうか

https://www.gutenberg.org/files/24434/24434-h/24434-h.htm

*10:It is one of the drawbacks which the special privilege of Leap Year confers upon women that it puts them under suspicion of having done the courting if the thing comes out during the year